東京家庭裁判所 昭和41年(家)2058号 審判 1966年7月29日
申立人 藤田一男(仮名) 外一名
事件本人 藤田洋子(仮名)
主文
本件申立を却下する。
理由
一、申立人らは「申立人らが事件本人を養子とすることを許可する」旨の審判を求め、その事由として述べるところの要旨は、
(一) 事件本人は、申立人藤田一男の実姉藤田清子の非嫡出子で、同申立人の姪に当る者である。
(二) 事件本人は、出生以来今日まで母である右藤田清子によつて監護養育されてきたのであるが、申立人らは、右藤田清子より事件本人の将来を考慮するとき、このまま非嫡出子としておくことは、進学、就職、結婚等に際して不利益を蒙るので、これを避けるため申立人らの養子として入籍させてほしいと要請され、申立人らもこれを了承したので、親権者である右藤田清子の代諾をえて、事件本人を申立人らの養子とすることにしたい。よつてその許可を求めるため、本件申立に及んだ
というにある。
二、当裁判所の調査嘱託に基づく札幌家庭裁判所調査官津田俊雄の調査報告書、東京家庭裁判所調査官永井輝男の調査報告書並びに当裁判所の藤田清子に対する審問の結果によると、
(一) 申立人藤田一男の妹藤田清子は、昭和二九年一〇月一〇日田中彦一と婚約し、間もなく東京都内で同人と事実上の夫婦として同棲し、その間に昭和三〇年一〇月一五日事件本人が出生したのであるが、右田中彦一は所用で昭和三〇年四月頃単身渡米したため、右藤田清子はやむなく事件本人を自己の非嫡出子として出生届出を了したこと、
(二) 右田中彦一は渡米中病気となり、その治療のため昭和三五年五月に帰国したのであるが、間もなく、同年七月二〇日死亡してしまつたため、右藤田清子は同人との婚姻届出をすることもできず、また同人は事件本人を認知することもしていないこと、
(三) 右藤田清子は、事件本人を出生後今日まで親権者として監護養育しているのであるが、昭和四一年四月事件本人を従来就学していた○○小学校から学習院初等科六年に転学させたのであるが、その転学に際し、非嫡出子では不利益を蒙り、転学が認められ難いものと思い、かつは将来の進学、就職ならびに婚姻に際して非嫡出子のままでは、不利益であると考え、実兄である申立人藤田一男およびその妻申立人藤田昌子に、事件本人を申立人らの養子として入籍させてほしいと要請し、その承諾をえて、申立人らを養親として右転学手続も了したこと、
(四) 申立人らは、右藤田清子の要請により、養子縁組届出をして、事件本人を自分等の戸籍に入れることは承知しているのであるが、事件本人を自分等の養子として現に監護養育していないし、また将来とも監護養育する積りはなく、専ら戸籍を貸すだけであり、事件本人は申立人らの養子となつてもなお引続き実母藤田清子の許にあり、その監護養育を受けることになつていること
を認めることができる。
三、右認定事実によると、本件養子縁組は、非嫡出子である事件本人が転学するに際し、不利益を受けることをおそれ、かつは、将来の進学、就職ならびに婚姻に際して不利益を受けることを避けようと考えて、事件本人が戸籍上両親を有しているように登載することを目的としてなされるものであることは明らかであり、かかる養子縁組は当事者間に縁組届出の意思はあるが、真に養親子関係を設定せんとする縁組意思があるものとは認めがたいのみならず、仮に本件養子縁組がなされても前記認定の如く、事件本人は引き続き実母の許にあり、申立人らは親権者として、事件本人を監護養育する意思がないのであるから、事件本人に真に利益をもたらすものでなく、しかも親権を行使するにふさわしい実母から親権を奪い、親権を行使する意思のない申立人らに親権を委ねることになることは事件本人の監護養育のため適切でなく、結局のところ、本件養子縁組は、法律的に真の縁組意思を欠くもので無効と解されるのみならず、両親がある如く、戸籍上の操作をする手段として行なわれるもので、真に事件本人の福祉を考慮してなされるものでないといわなければならない。したがつてかかる養子縁組の許可を求める本件申立は相当でないといわなければならない。もつとも申立人らおよび事件本人の実母藤田清子は非嫡出子である事件本人が進学、就職および婚姻に際して受けるべき不利益を避けるためのものであるから、単なる戸籍上の操作であるとしても、その養子縁組は事件本人の福祉に合致するものとして許可されたいとの意向を有する。成程未だに、我国においては、非嫡出子が進学、就職および婚姻等に際して若干不利益を受ける事象が見受けられないではない。
しかしながら、かかる事象も次第に少なくなつており、しかも本件の事件本人は法律的には非嫡出子ではあるが、社会的には嫡出子といいうるものであつて、親権者である実母藤田清子において十分にその事情を説明することによつて将来受けるべき不利益を防止することは可能であり、徒らにこれを秘匿するために養子縁組による戸籍上の操作をして、両親がある如く糊塗してみても、かえつて誤解を招くことになり、むしろ本人の福祉に反することになりかねないといわなければならない。
既に事件本人は申立人らの養子であることを前提として、学習院初等科への転学手続が終了しているのであるが、本件養子縁組が当裁判所によつて許可されなかつたからといつて、実母において実情をよく説明するならば、学校当局においてもこれを取り消すが如き非常識な行動をとることはありえないと思料される。
よつて主文のとおり審判する次第である。
(家事審判官 沼辺愛一)